中野正剛




修猷館中学校で緒方竹虎と出会う。
早稲田大学時代玄洋社を主宰する頭山満と知り合う。
卒業後、政治ジャーナリストとして活躍する。
その後政界に進出し、反軍派政党人として名を馳せた。大蔵参与官や逓信政務次官などを歴任。
満州事変以降、1937年から1938年にかけて、イタリア、ドイツ両国を訪問し、ムッソリーニ、ヒトラーと会見し、ファシズムに傾倒して行くが、東条英機首相が独裁色を強めてくると、 新聞に東条内閣を批判する論文を載せたり、他の政治家と共に軍閥政治に反発し、東条内閣打倒に動く。
憲兵隊に逮捕された後、東条内閣打倒に協力した他の政治家達に累を及ばさないために、自宅で割腹自殺した。

1886年(明治19年)2月12日 - 1943年(昭和18年)10月27日)
福岡市中央区今川2-1

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車で走っていてもよく目立ちます


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中野正剛銅像


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近くから


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後ろ側






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